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欧州統一特許裁判所における予備的差止命令:スピード、成功率、そして戦略

欧州統一特許裁判所における予備的差止命令:スピード、成功率、そして戦略

統一特許裁判所(UPC)の2年目の運用を通じて蓄積されたデータは、欧州におけるこの新たな特許訴訟の場が成熟していく様子を鮮明に描き出しています。提起の傾向や裁判所の活動状況に加えて、各地方部・地域部が侵害差止のための予備的差止命令(PI:preliminary injunction)申立をどのように扱っているかという点も、戦略的に極めて示唆に富む指標の一つです。これは、審理のスピードと裁判官の判断傾向の両方を測る重要な試金石となります。

こうした運用初期のデータからは、地方部・地域部によって認容率や決定スピードに有意な差があることが示されており、これは特許権者が「スピードと成功率の適切なバランスをどのように実現すべきか」を考えるうえでの有力なヒントになり得ます。

UPCにおける侵害差止のためのPIの現状

運用開始から2年間で、各地方部・地域部が検討したPI申立は計59件でした。そのうち、取下、和解、終結、係属中の事件を除いた決定の数は41件でした。取下げ等を除いた決定ベースでは、以下の結果となります。

  • 「認容」(Granted                                 39.1%
  • 「一部認容」(Partially granted       14.6%
  • 「不認容」(Not Granted                    46.3%

図1:UPC運用開始から2年間の侵害差止のためのPI申立の認容状況

図2が示すように、UPCにおける年ごとのPI申立結果に大きな変動は見られません。決定が下された申立に関して、全体の認容率は増加(1年目の35%に対して2年目は42.9%)しており、UPCの差止命令認容に対する姿勢が、特許権者にとってより有利なものになっていることが示唆されます。「一部認容」の割合に大きな変化がなかったため、「認容」の割合が増加した分、「不認容」の割合は50%から42.9%へと減少しました。

これらの結果を総合すると、UPCは全面的な差止命令の発付には依然として慎重であるものの、状況に応じた、または条件付きの救済を与える意向は強めつつあることがわかります。これは、UPC運用初期段階であるこの期間に、緊急性、侵害の蓋然性、有効性の基準の精緻化が進み、各部が自信を深めていることの表れかもしれません。

決定内容 1年目 2年目 増減(ポイント) 変化率
認容 35% 42.86% +7.86% 28%
一部認容 15% 14.29% -0.71% 0%
不認容 50% 42.86% -7.14% -10%

図2:UPCにおける1年目と2年目の決定内容

認容率のばらつき:特許権者にとってより有利な裁判地

各地方部・地域部の間には、運用開始後2年間の認容率に極端な差が見られます。特許権者寄りの傾向が最も強いのはミュンヘンで、最も慎重なのはハンブルクです。

  • ミュンヘン地方部                        55.6%を認容                11.1%を一部認容
  • デュッセルドルフ地方部          33.3%を認容                33.3%を一部認容
  • ハーグ地方部                                  33.3%を認容                33.3%を一部認容
  • ハンブルク地方部                         28.6%を認容                14.2%を一部認容

PI申立の3分の2が一部認容ないし認容されているミュンヘンは、迅速な救済を求める特許権者にとって最も有利な環境を提供し続けています。興味深いことに、UPC発足前の各国裁判所のデータ(2020~2025年)では、ドイツにおけるPI申立認容率は大幅に高く(デュッセルドルフ地裁:65.8%、ミュンヘン地裁:70.5%、ハンブルク地裁:83.3%)、UPCにおけるPIの認容基準が全体的に厳しくなっていることがうかがえます。

図3が示すとおり、全拠点にわたる不認容の理由として特に多いのは、「(明白な)侵害が認められない」および「権利の有効性が(明白に)認められない」であり、他に「緊急性が認められない」、「利益衡平が図られない」、「差し迫った危険がない」などが少数ながら挙げられています。

図3:UPC運用開始から2年間における侵害差止のためのPI申立の不認容理由

スピードの重要性:首位のハーグ、後れをとるミュンヘン

UPCは運用プロセスの確立を進めているものの、データからは、意思決定のスピードに依然としてばらつきがあることがわかります。地方部間におけるばらつきは、効率化の恩恵がまだUPC全体に行き渡っていないことを示唆しています。一部の地方部が記録的なスピードで事件を処理する一方で、事件数の増加や処理プロセスの複雑さに対応しきれていない地方部もあります。図4のとおり、PI手続期間の中央値(Median duration)が最も短いのはハーグ(91日)、最も長いのはミュンヘン(143日)です。実際には、ハーグ(およびハンブルク)は大抵の場合、手続がデュッセルドルフより約1か月、ミュンヘンより約2か月早く終了することになります。

図4:UPC運用2年目における各地方部・地域部の手続期間(中央値)

このことは、原告・被告の双方にとって、PI申立の結論が得られるまでどのくらいかかるかが、フォーラム選択によって大きく変わることを意味します。各部間の数か月の違いは、戦略的・財務的に多大な影響を及ぼすかもしれません。

戦略のポイント:スピードか認容率かの選択

訴訟データにより明らかになったこの事実は、戦略的に極めて重要です。つまり、スピードが重要な場合(製品の立ち上げが進行中、市場参入が目前など)には、迅速な結論が得られるハーグは今後も有力な選択肢となります。逆に、認容される可能性を最大化したければ、現在までのところミュンヘンが最も高いPI申立認容率を誇っています。言い換えれば、特許権者は各拠点の初期の認容率を踏まえてスピードと認容蓋然性のトレードオフを検討する必要があります。ミュンヘンのスピードは遅いものの、比較的特許権利者寄りのその姿勢が、場合によってはスピードの遅さを補って余りあるかもしれないのです。

分析手法

本分析は、Darts-ipの特許訴訟データベースを使用し、2023年6月1日から2025年5月31日までのUPC訴訟を対象としています。PIに関する統計は、PI申立の提起日に基づいています。

著者について

Eric Sergheraert

薬学博士(PharmD)および法学博士(PhD)の学位を有し、フランスの弁護士適格証明(CAPA)ならびにストラスブール大学国際知的財産研究センター(CEIPI)の特許ディプロマを取得しています。知的財産分野で27年の経験を持ち、Macopharma Pharmaceutical Laboratoryの知的財産部門のほか、知的財産コンサルタント会社のEGYPや、Véron & Associés法律事務所で勤務しました。現在はリール大学(フランス)の教授であり、クラリベイト傘下の国際的知財判例データベース企業Darts-ipにおいて、訴訟コンテンツ戦略のディレクターを務めています。

Neşe Günal

クラリベイトのシニアマネージャーとして、法務関連コンテンツ分析に従事するグローバルチームを統括し、世界各地の特許出願および訴訟の動向を観測するとともに、Darts-ipにおける特許関連のキュレーションプロジェクトを管理しています。ルーヴェン・カトリック大学で知的財産およびICT法の修士号を優等位(cum laude)で取得しています。

リンク

こちらもお見逃しなく: 欧州統一特許裁判所で争われているものとは:技術分野の動向 

 

当ブログ記事は2026年1月27日にグローバル公開したものを日本語に翻訳再編集(一部追記を含む)したものです。オリジナルは原文(英語)をご参照ください。本資料の正式言語は英語であり、その内容・解釈は英語が優先します。

 

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